ソーシャル疲れ⇒小さなSNSが流行る?これって本当かな?




日経新聞の記事にユードーが2011年に提供を開始したスマートフォンアプリ「斉藤さん」を取り上げ、「斉藤さん」の様な小さなSNSの人気の裏にはソーシャル疲れが要因と分析していました。「斉藤さん」とは、まったく知らないスマートフォンユーザ同士がアプリを通して、一期一会の会話を楽しむという昔のアマチュア無線の様なサービスです。「斉藤さん」のダウンロード数は200万本を超えたらしいです。

日経いわく。

■小さなソーシャルの時代へ移る

 斉藤さんのヒットはSNSの新トレンドも反映している。今後は、ツイッター、フェイスブックという「大きなソーシャル」の時代から、音声通話、写真、位置情報、エンターテインメントなど、さまざまな分野に特化した「小さなソーシャル」の時代へと移るだろう。

コミュニケーションアプリが売れるでしょうという意見は最近の市場環境的に賛成なのですが、時代は小さなソーシャルへ移行する。この記事の対して私は”?”という感想です。

そもそも、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス、サイト)とはなんでしょうか。

人と人とのつながりを促進・サポートする、コミュニティ型のWebサイト。友人・知人間のコミュニケーションを円滑にする手段や場を提供したり、趣味や嗜好、居住地域、出身校、あるいは「友人の友人」といったつながりを通じて新たな人間関係を構築する場を提供する、(IT用語辞典)

IT用語辞典にあるように、SNSとは既存の人間関係を前提とした、web上のコミュニケーションを構築する場所だと私は考えています。

なので、この考え方でいくと斉藤さんのようなサービスはSNSでは無く、ユーザ同士のコミュニケーションをコンセプトにした、エンターテイメントアプリなのです。なので、SNSという括りで語るべきではないです。

では、今、巷で話題のソーシャル疲れと今後のSNSはどうなっていくのでしょうか。

ソーシャル疲れというのは、ある意味当たり前の現象なのかなと思います。今までになかった新しいコミュニケーションの形を日々の生活に組み込むわけですから、疲れるでしょう。ケータイ電話の普及時にも同じような現象がありました。それまで電話は固定電話だけだったけど、常に携帯できる商品が登場し、それが便利でみんなが所有したけど、どこにいても常に誰かから連絡がきてちょっと疲れる。そんな事象がありました。

しかし、ケータイという文明・文化はおのおのの人がそれぞれのスタイルで使用する形で生活に根付きました。それはどこでもいつでも誰かと繋がる。という価値が圧倒的だったからです。

今日時点でSNSは、情報収集と発信のスピードと質の点で、良質の情報コンテンツを欲する人にはなくてはならない仕組みになりつつあると思います。有益な情報を得るなら大きなSNSにいる、見識のある人(専門家など)の情報は非常に強力な支持を得ている事は言うまでもないです。

なので、私の意見としては、見識のある人物と繋がる事のできる、大きなSNSは無くならないと思います。

でも、最終的にSNSはシンプルな形に収まるんじゃないかとも思います。

数年後には1本の強力なSNSがユーザからの支持を得て、誰もが使うスタンダードとなるか、複数のコンセプト別SNSをまとめる仕組みができて、誰もがSNSをシンプルに使う未来があるような気がします。利用の仕方は個人のスタイルで。小さなSNSが流行ってスタンダードになるというよりも小さなSNSが支持されるとするならば、それをまとめる大きな仕組みができると思います。

結果的にそれって、大きなSNSです。

なので、私の意見としては、ソーシャル疲れは一時的で必然的な現象であって、今後は各々のユーザが独自のスタイルでSNSと向き合い、小さなコンセプトで展開するSNSも一時的には流行るかもしれませんが、最終的には、ある一つのSNS(またはSNSを集約する仕組み)に一本化されると思います。


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